『ソッカの美術解剖学ノート』感想 – 高いけど値段の価値あり

要点
・『ソッカの美術解剖学ノート』の感想
・定価7000円は高かったが、600ページもあり、内容的にもその価値はあった
・内容は固すぎず、日常の感覚で読み進められるのがよかった
・これまでフィーリングで描いていた部分が改善された
・買ってよかった

 

デジタルイラスト練習のために『ソッカの美術解剖学ノート』(以下、ソッカ)を購入しました。それから通しで一読した後、創作の際に見直したい箇所を適宜参照する形で利用しています。

現在の僕の技量ではこの感想文には何の説得力もないとは思いますが、個人的におすすめの書物なのでレビューします。主に、個人的に具体的にどのように役立ったかについてのレビューとなります。

購入までの経緯

ソッカを買う前の段階では、僕はデジタルイラストで人物画を上手く描けるようになりたいと思っていました。

僕は以前から特定分野の模写をしていたこともあってか、幾何学的な形であればオリジナルでもそれなりに描くことが出来たように思います。一方で、人の体という(一見すると幾何学的には見えない)曖昧な形をしたものは全く描けませんでした。見様見真似で描いてみても全く満足のいくものは出来ず、なまじ人体であるだけに気味の悪ささえも感じていました。

しかし自分が描きたいのは人物像そのものなので、このままでは埒が明かないと判断。どのように役立つかはその時点では分からなかったものの、評価の高いソッカをとりあえず読んで、役立つことはないかと思いました。

以前、A・ルーミスの「やさしい人物画」も模写していたのですが、正直今思うと脳死模写をしていただけで、画力の向上にはあまり寄与していませんでした。僕が使いこなせなかっただけなのですが。

正直定価7000円はめちゃくちゃ高いなとは思ったのですが、その分必要な情報が網羅されていると思えば投資として悪くないと思いました。また結果論にはなりますが、実際に確実に役に立ちました。

一般人でも読みやすく書かれている

ソッカを一通り読んだ段階で感じたメリットとしては、内容が充実しているだけでなく、一般人視点の読みやすさが重視されていた点です。

この本と同じ情報を得ようと思えば、他の本でも得られたとは思います。大学で扱うレベルのガチガチの専門書とか。しかし僕のような初心者にとって、いきなり硬派な本で学んでいくのはかなり厳しかったと予想します。それでインプットが苦痛に感じて諦めてしまったら本末転倒です。

その点、ソッカは日常的な感覚・雰囲気から、無理なく美術解剖学を学んでいけるように配慮されていると強く感じました。この本には、核となる情報以外にも挿絵などが数多く挟まっているため、その分だけページ数が増えています。しかしそういった緩急や息抜き的なコンテンツがあるからこそ、疲れすぎず読むことが出来たと思います。

別にイラストでお金を稼ぎたいわけではない趣味の一般人でも気軽に読んでいける内容だと思います。また、大人だけでなく中学生くらいでも人物画に興味さえあれば「難しくて読めない」とはならないはず。そもそも僕はソッカを買うまで、美術解剖学というものがどういった内容なのかすら知りませんでした。それくらいのノリで手にとっても問題ない書物だと思います。

また、美術解剖学的な正解を示すだけでなく、生物の進化の歴史の観点から「何のためにそういう形になっているか」「どういう経緯でそういう形に進化したのか」も丁寧に説明されています。ストーリーがあるで理解しやすいです。つまり「これを覚えてください」といった淡白な情報提供をするのではなく、ここでもやはり日常の感覚や知識と美術解剖学との橋渡しを行うような構成になっていたといえます。

それでいて浅い情報に留まるのではなく、イラストを描くために必要な人体の構造についてはしっかりと網羅されてるように思いました。

個人的に役立った点

では、この本が僕にとって具体的にどのように役に立ったのか。端的に言えば、「いい感じ線がたまたま引けるかの運ゲー」をする箇所が劇的に減りました。これが一番です。

前述のとおり、僕が抱えていたのは「人の体が描けない」という根本的かつ致命的な問題でした。しかし今から思うとそれは全く無理もないことでした。なぜなら、人体の構造についての知識がなかったから。たとえ普段目にしているはずのものでも、よく知らないものを想像だけで描くことは出来ません。今思うと当たり前の話でした。

ソッカには、「人の体はこうなっていますよ」という情報が網羅されています。それを無理のない形で読んで情報をインプットすることで、僕の画力というか創作物の質は確実に良くなりました。もとがひどすぎたからでもあるのですが、この本を読んだ前後で変わった点は確実にありました。

以前の僕は人体の知識がなかったため、人の体を描くときは何かを脳死で模写するか、あるいは想像で描くことしかできませんでした。その結果は極めてお粗末であり、人を描くのが嫌になる→人を描くことから逃げる→上手くならないという完全なる負のループが生まれかけていたといっても過言ではありません。

その段階で特に嫌だったのは、「フィーリング」や「運」といった点でした。知識がないので勘に頼るしかない。それはただのフィーリング。運良く良い感じの線が引けるまでCtrl+Zを繰り返す。しかしそんなことをしてもいつまでも良い線は引けない。そういったフィーリングによるイラストに嫌気が差していました。

そうして僕は、人体の構造というのは何となくで正確に描けるほど単純には作られていないのだと悟りました。

もちろん今もまだ練習中ではありますが、今では「なぜそこが膨らんでいるのか」「なぜここは角張っているのか」といった問いに答える知識があります。それゆえ、以前よりも描くことが楽しく、説得力のあるマシな線を引けるようになったと思います。少なくとも完全な運ゲーから解放されたのが個人的には一番の効用でした。

もう少し細かいことを書くと、別に本の中で紹介されている全ての筋肉、骨、腱の名前や形を覚える必要はありません。僕の理解では、人体には「絶対に外せないランドマーク」があると思います。ソッカを読んでそのランドマークの知識を仕入れるだけで、全く知らない場合よりもずっとマシなものを描くことが出来ると思います。

ふりがながほしい

本の内容については概ね満足しています。しかし唯一気になったのは、本文中にふりがながほとんどないことです。流石に日常のボキャブラリーだけだと初見で読めない骨や筋肉の名前が多く、苦労しました。

一応最初の方に読み方一覧表が掲載されているので、そこを参照すれば読み方を確認することができます。しかしそれもけっこう手間であり、通読のリズムを乱していました。

もし本文中にふりがながしっかりふってあったとしたら、そういった確認の手間を全て省くことができたでしょう。編集の手間はかかるかもしれませんが、本としての価値はより一層上がったと思います。

どんな人におすすめか

僕レベルの人間がこういった本を他人に勧めてもやはり説得力はないでしょうが一応。

正直、この本は全く知識がないド素人レベルの人にこそおすすめしたい内容だと言えます。

しかし、ここがちょっと厄介なポイントだと感じます。というのも、この本の定価は7000円を超えており、初心者が気軽に手に取れるレベルの代物ではありません。「もっと安い本で学びたい」という気持ちは痛いほど理解できます。

しかし、初心者こそこういった「読みやすさを重視している本」を手に取るべきだと僕は思います。読みやすい→挫折しない→少しずつ知識がついていく→それを自分の創作物に還元していく、という流れが着実に出来るからです。それでいて、最後まで読み切れば美術解剖学のざっくりとした全体像は見えてくるし、詳しく知りたい部分は個別に参照することも出来ます。

最初から最後まで内容を詳しくまとめたり、模写する必要はないと思います。この本に限らず、脳死模写は意味がないと思います。個人的に勧めたい活用法としては、まず通読して全体像を確認する。その後、人体の重要なランドマークや自分の課題を解決する内容を振り返って、ノートなどにメモを取ったりすると効率がいいと思います。

これは個人的な意見ですが、「系統だった知識を仕入れずフィーリングだけで描いていたら、上手くなるのに何千時間もかかる」と思います。物心ついたときから描き続けているイラストネイティブならそういったやり方でもいいでしょう。しかし僕のように大人になってからイラストを勉強したい人間にとっては、そういった感覚ベースのやり方は再現性がありません。

おそらく人体の構造についての知識がない初心者は、フィーリングで描いていると思います。しかし、人間の体はフィーリングだけですぐに正確に描けるほど単純に作られているとは、僕には思えません。

英語学習で例えると分かりやすいです。ネイティブの英語話者は、生まれてからずっと英語の環境で育ったことで、何万、何十万時間もの経験によって英語を習得します。しかし日本人の大人はそれと同じ方法で英語を学ぶことは出来ません。日本人が大人になってから英語をネイティブのように学ぶのは(実生活との兼ね合い上)無理です。物理的に再現性がありません。

なので単語、文法といったルールを理論的に学び、経験ベースの学習に要する膨大な時間を短縮するというのが正攻法となります。イラストもそれと同じで、フィーリングだけではいつまで経っても描けるようにはならない、というのが僕の意見。よほどの天才でもない限り、大人になってから「なんとなく」で描くのは無理だと思います。(そして天才はおそらくこの記事にたどり着かない)

だったら正攻法で正しい知識をつけて、運ゲーみたいな当てずっぽうのイラストから卒業するのが賢いやり方だと僕は思います。

そういうわけで、「ソッカの美術解剖学ノート」は人物画に取り組む際の1冊目としておすすめします。僕は買ってよかったです。