矢吹健太朗先生のデビュー作『邪馬台幻想記』を2026年に読みました。今回はその感想になります。
「この頃から既に絵が綺麗で、魅力がある」「もっと続きが読みたかった」というのが率直な感想です。僕が買ったのはKindleの電子版だったのですが、まだまだ盛り上がりそうな内容のまま、16話で終了となりました。
本作が連載されたのは1999年。この記事を書いているのが2026年なので、もう27年前!ずいぶん昔の作品ではありますが、個人的には今でも面白く読めました。
ところで本作を読もうと思った経緯としては、矢吹先生が今のレベルに至るまでのルーツを探ってみようと思った経緯があります。矢吹先生が描く絵柄は本当にキレイで、芸術の域に到達していると言っても過言ではありません。前々からそう思っていて、今回はその原点とも言える作品をあたってみることにしました。
邪馬台幻想記のページを最初から繰っていくと、まず印象深かったのはやはり何とも言えない絵のキレイさです。僕ごときの人間が他人の絵を評論できる立場にはないのは分かっていますが、あくまでポジティブな意見なので書かせてください。
確かに、純粋な絵の上手さでいえばその後の作品の方が上手いです。作品を重ねるごとにどんどん上手くなっているのは間違いありません。ToLOVEるとダークネスの1話目を比べても明らかに上手くなっています。それこそ僕が買った電子書籍版にはその後描き下ろしたと見られる邪馬台のキャラクターの新イラストも掲載されていたのですが、明らかにレベルが違いました。
しかしその一方で、邪馬台のときから既に、彼の絵にしかない魅力があったように思います。
矢吹先生というと美少女キャラクターの印象が強いですが、その点、邪馬台の壱与の表情や造形がもう既に「キレイだな~」と思わせる何かがありました。この頃から女性を描くのが上手かったのですね。
また、主人公である紫苑含めクール系男性キャラも、女性キャラとはまた違ったキレイな魅力を感じます。男女で違った系統の顔を描き分けるのも上手いと思います。
この何とも言葉に出来ない魅力は、ジュヌセクワ(je ne sais quoi)という感覚に近いかもしれません。純粋な画力でいえば、邪馬台の絵よりも上手い漫画は他にもあったはず。でも、邪馬台の絵には、独自の魅力があった。そしてそれはその後の作品へと受け継がれていきます。
彼とて最初から神だったわけではない。でも、彼の絵には最初から「何か」があった。僕にはそう見えました。
あと細かいことなのですが、新イラストの画力には圧倒されました。上手すぎる。顔や表情が上手いのはもちろん、指に感情を乗せる技術も高いと思います。単行本を持っている人も、このイラストのために買う価値があると思います。
後の「ToLoveる」の印象があまりにも強いため画力にばかり注目してしまいがちですが、個人的に邪馬台はストーリーもなかなか面白いと思いました。
王道の少年漫画として純粋に楽しく、購入後に一気に読み通してしまいました。
だからこそ16話で終わってしまったのが本当にもったいない。「これからだったのに!」と思いました。壱与の過去については触れられず、物語の全体像もようやく見えてきたばかり。少なくとも壱与の過去については、それが何なのかは決まっていたと思います。せめて何かしらの形でそれらを知ることが出来ればいいのですが、真実はこれからも先生の頭の中だけに存在し続けるのでしょう。
連載打ち切りという形で終了になったみたいですが、個人的にはもっと続いて然るべきだったと思います。今の画力で再開したらもっと凄みのある作品になりそうですね。
そういうわけで邪馬台幻想記は個人的には買ってよかった作品でした。矢吹先生の絵に魅力を感じる方は今からでも読んでみることをおすすめします。
