『やさしい人物画』がやさしくないという印象について

要点
・「やさしい人物画」の原題はfigure drawing for all it’s worth。
・これを直訳気味にすると、「人物画の全て」とか「人物画を徹底的にやる本」のようになる。
・よって、「やさしい」というニュアンスは本来どこにもない。
・日本の出版社がなるべく多くの人に買ってもらうために、「やさしい」という言葉を使ったのではと推測。


何か現実的なスキルを伸ばす系の趣味としてイラストの勉強をしようと思い、A・ルーミス氏の「やさしい人物画」を購入しました。本書を選んだ理由はレビューの評価が高かったからです。

僕は最終的にはデジタルイラストをやりたいと思っていた。しかしそれ以前に人の体が全く描けないことに気づき、そこを解決するための資料になればと思い本書を手に取りました。

で、実際に前から順に読んで内容を理解しつつ模写をしていったのですが、一部のレビューにもあるように、これがなかなか難しい。

というか文章の部分を読んでいくと、そもそも本書は「イラストで食っていきたい人のための本」として描かれていることが分かりました。絵の描き方だけでなく、どうやって仕事を見つけるか、みたいな話にまで内容が及んでいます。よって本書はそもそも、「趣味でちょっと絵を描いてみたい」みたいなライト層向けに描かれた本ではないと言えます。(参考にならないというわけではないと思いますが)


このように、「やさしい人物画」というタイトルにも関わらず内容がやさしくない、という意見はネット上でも散見されます。

しかし、実はそれは本書のタイトルからして当然であるといえます。

というのも、本書の原題は「figure drawing for all it’s worth」です。本の表紙にも描いてあります。

まず、figure drawingは普通に「人物画」という意味。

次に来るfor all it’s worthは慣用句であり、「その価値を十分出し切って」とか「全力で」みたいな意味に相当します。これといって1つのハマり訳がないためニュアンスを汲み取るのが難しいですが、少なくとも、どこにも「やさしい」とか「簡単」といった意味は含まれていないのです。あえて強引に考えるなら、「基本的な内容から始める」みたいな解釈くらいは可能かもしれません。

もしも原題を自然な範囲で直訳するとしたら、
・人物画の全て
・人物画を徹底的にやる本
のようなタイトルになると思います。

なおかつ前述のとおり、プロを目指す人たち向けに描かれていることを踏まえると、内容が「やさしくない」のはむしろ必然と考えていいでしょう。


ではなぜ日本語のタイトルが「やさしい人物画」なのか。個人的には2つの仮説があります。

まず1つ目は、「そういうタイトルの方が売れるから」という仮説です。

仮に直訳気味のタイトルとして「(プロを目指す人々のための)人物画の全て」みたいなタイトルにしてしまうと、ターゲットが限定されてしまいます。

確かに本当にプロを目指している人たちはそれでも本書を手に取り「役に立った」と評価はするでしょう。しかしそれだけだと、「イラスト初心者」みたいなライト層に注目してもらうことが出来ません。すると販売部数が増えず、売上も立ちにくい。

それであれば、いっそのこと無理やりにでも「やさしい人物画」というタイトルにしてしまえば、趣味でやっている初心者たちも「これは自分にも役に立つかも」と思い、手に取りやすくなります。(まさに僕のように)

個人的には、こういうビジネス的な狙いこそが、邦題と内容のミスマッチの本質だと考えています。

 

もう1つの仮説はやや弱いものですが、既存の「やさしい◯◯」という邦題の本と雰囲気を揃える目的もあったのかもしれません。

そういう既存の本があるのかは知りませんが、要は、その分野のミームに沿ったタイトルの付け方をした節もあった、と予想します。これはかなり当てずっぽうですが。


そういうわけで、本書の内容が初心者にとってやさしくないのは、下記の2点によって至極当然であると言えます。
・プロを目指す層に向けて描かれている
・原題figure drawing for all it’s worthに「やさしい」というニュアンスはそもそも全くない

僕は絵についてド素人もいいところなので内容の評価は出来ません。ただ、このような原題と邦題のニュアンスの違い、及び邦題と内容のミスマッチについては気になったという感じです。