自分のブログに対して感じていた違和感の正体

あまりにも個人的すぎる、どうでもいい内容。

僕はかなり長いことブログをやってきました。かつては色んな内容・方向性のブログをいくつも作っては消すという試行錯誤を繰り返してきました。今はこのブログしかやっていません。

ここ2年くらいでようやくハッキリしてきたのですが、僕はずっと前から自分のブログに対して何か漠然とした違和感を覚えていました。個人のブログなんだから別にやり方に正解なんてないですが、他ならぬ僕自身が自分のブログに対して違和感を覚えてしまっているのですから、これはやっぱり問題です。

この違和感は常に頭の片隅にあったものの、その正体はよく分かりませんでした。というより、もしかすると無意識に目を背けていたのかもしれません。

大体2024年くらい、つまり今から2年くらい前からその違和感の正体を少しずつ掴み始め、今では個人的にかなりハッキリしています。僕が感じていたのは、等身大のパッションで書いた記事じゃないと自分で納得がいかないってことでした。こうやって書くだけでは人には伝わらないでしょうが、一言で言うとこうなります。


正直あまり言葉にもしたくないのですが、特にレンタルサーバーまで借りてやっているブログは、ほとんど収益優先というか、そういう系統のブログだと思います。

僕がWordpressと独自ドメインでブログを始めた頃は、ブログの書き方だとか、Wordpressの使い方だとかをたくさん調べました。たくさんの個人ブログを参照し、お世話になりました。その中で目にしたブログというのは、SEOとかの影響もあって、やっぱり「強いブログ・強いサイト」なわけです。すると、そういうブログたちの雰囲気が自分の中で当たり前になり、いかにPV(ページビュー)を稼ぐか、いかに広告をクリックさせるか、みたいなことばかりが前に出てきてしまいました。やりがいみたいな要素もそりゃあるでしょうが、「ブログ=ネットでお金を稼ぐもの」みたいな構図が、(今から思うと不思議なほど)自分の中で強くなっていたのです。

確かに、最初の頃はそういう収益周りの工夫が楽しいと感じたこともありますし、ゲームのように熱中して考えていた時期もあります。しかし何年もブログをやっていくうちに「俺がやりたいのってこういうことなのか?」という漠然とした違和感が頭の隅の方で生まれてきました。そういうスタンスの観点だけでなく、自分が書いている記事やその内容についても、「これって俺が本当に書きたいことなのか?」と感じることも増えてきました。実際、「自分でも見返したくない記事」なんてものも出てきてしまう始末で、これまで自分がやってきたことなのに、それがものすごく気持ち悪くなってしまったのです。
(こんなふうに、これまでの自分のあり方やスタンスがいつからか嫌悪の対象になることが、僕の人生では不思議なことに定期的にあります)


今だからハッキリ分かるのは、僕がやりたいブログはそういうものじゃなかったってことです。ただ好きなことを好きなように書きたいだけだったんです。こんな当たり前のことにもなぜかずっと気づかなかったところを見ても、自分は本当に不器用な人間だと思います。

ここで最初の話に戻ります。僕が書いていて楽しいのは、「等身大のパッションに基づいた記事」なんです。

まず「等身大」という部分については、要は背伸びをせず、自分の立場や自分が持っている知識のレベルから、そのまま書くということです。

例えばですが、僕は何の専門家でもない、ただの一般人です。このブログは個人でやっているので、何の組織とも関係がありません。僕はよくゲーム関係の記事を書いていまして、「特定のゲームの特定のModの使い方についての備忘録」みたいな記事も書くことがあります。僕はただの一般人のゲーマーなので、その立場から書かないといけません。あたかもModに詳しい人だとか、何か権威がありそうな人でも何でもありません。そういう立場から、自分のための備忘録の意味も込めて、ブログ記事として公開しているわけです。僕が困ることは他人も困る可能性があるので、こういったニッチなノウハウは(内容が正しければ)ネット上にあっても邪魔にならないと考えています。

他にも、ゲームの攻略情報や感想にしても、ただの一般人のゲーマーという目線から書いています。というかそうやって書くしかないのですが。

こうして言葉にして書いてみると至極当たり前な話ですが、こういう「等身大」という感覚が以前の自分には欠けていて、言うなれば妙にカッコつけていた感がありました。当時はそれを良かれと思ってやっていたわけですが、それと同時に頭の何処か片隅では違和感になっていたというわけです。


次に、「パッション」(情熱)という点について。これは要は「自分が自然と書きたいと思ったことを書く」っていう、ただそれだけの話です。

まあこれも言葉にしたくないですが、正直に言うと、昔は「ブログのネタを探していた感」がありました。ブログの記事を書くこと、投稿数を増やすことなどがいつの間にか目的になってしまって、今思うと完全にチグハグでした。それもこれも収益優先のブログの雰囲気に影響されていたからという側面が大きいですが、そうやって自分を俯瞰することもつい最近まではハッキリとは出来ていなかったのだと思います。

これはもう、自分で書いていてすごく気持ち悪い思いがします。「以前の自分は何をやっていたんだ?」という感じです。しかし、この耐え難い嫌悪感としっかり向き合わない限り、僕が自分の自身のブログに対して感じ続けていた違和感の正体を掴んで解消することは出来ないように思います。

確かに、当時はブログをなんちゅうか「イケてるサイト」にしたくて、色々試行錯誤していたのは間違いありません。だから当時の自分を完全なる馬鹿だったとは全く思いません。「まああの時はそれでよかったのかもしれん」くらいに思っています。大体何事も失敗から学ぶしかありませんし。でもやっぱり今から考えると違和感があるのは否めません。結局それって自分がやりたかったことじゃないよねっていうのが、今ならよく分かります。

このパッションという要素については、個人的にハッキリした感覚を持っています。「パッションがある記事」というのは、自分で読み返してみてもすごく面白いと感じるんです。別に人から評価されなくても、「この記事は書いていて楽しかったな!」と思える記事は、自分自身のパッションを感じます。


先ほどの等身大という視点とパッションを同時に持つ記事こそが、僕が書いていて違和感がないものになっていくのだと思います。

別に文章が下手だろうが、人に読まれなかろうが、それは大した問題ではありません。世の中に公開するものだとしても、まず大前提として、そもそも書いている本人が完全なる手応えを感じていないと意味がないと思うのです。

収益やPVを気にしたら、それってもう在宅ワークに片足を突っ込んでます。確かに、せめてサーバー代とドメイン代(年間合計約1万円)くらいは賄いたいのは確かですが、僕は個人の趣味ブログというサンクチュアリを仕事と混同することは、少なくとも今はできません。僕がもっと器用なら、純粋なパッションを(正式なものではないとはいえ)仕事と融合させる事はできたのかもしれませんが、現実には無理でした。好きなゲームや本について書いているはずなのに、あるがままのパッションを反映できず手応えすらも得られないなんて、完全なるナンセンスでしかありません。

まあこれとて現状の僕の認識でしかないわけで、今後何かしら新たな観点を得て、スタンスが変わっていくこともあるかもしれません。ただ、以前よりはずっと個人的な手応えを得ることが出来るようになりました。僕以外の人間には本当にどうでもいいことですけどね。


ここまでの内容は、何も1人で思いついたことではありません。ブログへの向き合い方についてのこのような観点は、他人のブログを純粋に楽しむことを通じて頭に浮かんできたのものです。

僕は自分のブログでゲームなどの記事を書くだけでなく、他の人のブログもブックマークしてまあまあ読みます。今だとnoteみたいなサイト内のコンテンツも増えてきましたが、それも同じようなものです。

他人のブログやnoteを読む時は、正直攻略情報として参照する機会はそれほど多くありません。どちらかというと、自分が興味のあるゲームという世界に対して、他人が何を考えているかを見るのが楽しいという感じです。

あるとき気づいたのですが、僕が面白いと思う他人のブログは1つの例外もなく、「等身大のパッション」で書かれています。このことに気づいた時は、僕自身ハッとするものがありました。

そういうブログや記事っていうのは、要は、お金目的で書かれていません。少なくとも最優先では決してない。純粋にゲームを楽しむ気持ちから書かれています。広告の有無は関係ありません。サーバーとドメイン代がかかっている以上、どうしても広告は貼らざるを得ないからです(Wordpressでブログを立ち上げた事がある人ならこの気持ちはわかるはず)。

僕が好んで読むブログというのは、けっこう文章が上手い人が多いです。「この人頭いいんだろうな~」と、ちょっと嫉妬している節さえあります。でも、文章の上手い下手もあんまり関係ありません。その奥にあるパッションこそが重要です。

そういう、(たぶん大してお金にはなってないだろうけど)読んでいて面白いブログを楽しむ中で、「自分がやりたいのもこういうことじゃないか?」という気づきみたいなものが得られたというわけです。こうして言葉にすると特別なことでも何でもないのですが、まあ不器用な自分にはそれに気づくのにも時間がかかったということです。


ネット上に文章を自分の手で書いて人に読んで楽しんでもらうとか、その情報が他人の役に立つってものすごくハードルが高いことだと思います。

正直、そういう理想的なシチュエーションを絶対に叶えなきゃなんて考えてたら、個人ブログなんて僕はやってられません。僕は本や人のブログを読んだり、自分の頭の中にある純粋なパッションを文章として書き出すのが好きなんです。文章っていうものが好き。これは間違いない。だからブログも叶うなら続けたい。そのためには、まず他ならぬ僕自身が、自分の書いたものに対して確かな手応えを感じないといけない。というか、まず第一に、自分自身が自分のブログの読者になれずに、一体他の何が叶うっていうんだって思います。

最近も文章の質は相変わらずですが、肝心のパッションという点についてまあまあ納得できる形にはなりつつある感があります。要は、書きたい時に書きたいことをそのまま書けばいい・・・というだけの話。