「あとは作業だ」と感じるとゲームに飽きてしまう

僕は一年中何かしらPCゲームをしているのですが、飽きるタイミングについて原則みたいなものあると気づきました。

それは、「ここから後は新しいことは何もなく、作業の繰り返しだ」というポイントに到達すると、それ以上は出来なくなるということです。どんなにハマった作品だとしても、このように作業を感を覚えた状態になってしまうと、基本的にしばらくは出来ません。

 

では、なぜ「作業感を覚えたタイミング」でやる気がなくなるのか?

これも自分の中ではけっこうハッキリしていて、僕は「改善する」ことが楽しいと感じるんです。それがほぼゼロになると、プレイする理由もなくなってしまうという感じです。

例えば、割と近年プレイしたOxygen Not Included(ONI)なんかは分かりやすいと思っています。

このゲーム、難しすぎて実は一度投げています。それでも座学をしつつ手探りでやっていたら、それしか考えられないくらいドハマリしたという経緯があります。

では、寝食を忘れて没頭していた時期に、このゲームの何がそんなに面白かったのか?それが他でもなく、「改善する」ということです。

ONIをやったことがある人なら分かると思いますが、このゲームはある種、死に覚えゲー的なところがあります。つまり、ゲームメカニクスが複雑であるがゆえに、最初から上手くいくコロニーを作ることはおそらくどんな天才でも出来ません。

ですが、2回、3回、あるいは10回とコロニーを最初からやり直していくうちに、「こうすればよかったんだ!」という発見と改善があります。ONIのどこに面白さを感じるかは人それぞれでしょうが、僕にとってはこの改善のプロセスがとても楽しかったんです。

そうやってコロニーの各部分を改善していって、(個人的にはとても難しいと感じた)2大実績解除まで夢中になって遊ぶことが出来ました。振り返ると、本当に楽しい時間でした。(記憶を消してもう一度やりたい!)

ここまでプレイしてもなお、僕はこのゲームを理解し尽くしたわけではありません。ただ実績解除で満足してしまったがゆえに、それ以上何かを学ぼうという気も落ち着いてしまいました。その状態でプレイしてもこれまでやったことの繰り返し、つまり作業になってしまいます。新しい目標が設定できれば、また新しい形でやることはあるかもしれませんけど。

これはONIの話ですが、他のゲームでも同じことが言えると思います。仮にニューゲームで始めたとて、これまでと全く同じことをトレースしても意味がない。なぜならそれは改善のない作業だから。


こういう感覚を持てるかどうかは、そのゲームを十分に楽しんだかどうかを自分の中で分ける基準になると思っています。

飽きるっていうとなんだかネガティブなイメージがありますが、ここでいう「飽きる」はそんなに悪いものじゃありません。どんなゲームでもかならず訪れる「もういいかな」っていうポイントでしかないからです。

作業感を覚えてやめたゲームは「卒業」みたいな感覚でプレイを終了するので、別に嫌いになってやめたわけではありません。吸えるものは全部吸い尽くしたみたいな感じ。

一方で、「作業感」にすら達することなく興味を失ったゲームに関しては、結果として自分には合っていなかった感だけが残ります。例えば、2~3時間だけやって「これはダメだ」と思ったゲームとか。

なので僕の中では、「あとは作業だ」と確信することが出来たとしたら、それはそのゲームを十分しゃぶり尽くせた証拠であるとともに、そのゲームが面白かった結果だとも言えるんじゃないかなと思うんです。もしそのゲームが本質的に面白くなかったとしたら、作業感を覚える段階までプレイすることはないわけで。


ところで、そもそもなんでこういうことを考えたかというと、もし作業感こそが飽きる大きな原因の1つだとすれば、長くプレイするコツもそこにあるんじゃないかと思ったからです。

一般的に言って、僕はゲームというものは長くやれればそれに越したことはないと思っています。極論暇つぶしなので。1つのゲームを1万時間とかやれている人を羨ましく思うくらいです。

作業感を覚えると飽きてしまう。であれば、作業感が生まれないようなプレイスタイルを意識したら少しでも長く出来たり、没頭の度合いも強まるんじゃないかなと思ったわけです。

例えばですが最近では、最初から答えを見てそれをトレースするような遊び方はどのゲームでもしないようにしています。これは今のところけっこう上手くいっています。

PoE(Path of Exile)でいうなら、最初からNinja(ビルドの詳細な統計サイト)を見ないとか。最初からNinjaの極まったビルドの構成を見てしまうと、「それが最適解」って感じで答えが決まっちゃうように感じるんです。すると、後はそれをトレースする作業にもなってしまいかねない。なんならその下位互換にしかならない。

もちろんそういう極まったビルドまで行き着くことは僕はないですし、そこに至るまでのプロセスは必ずオリジナルなものになります。ただ、やっぱり先に答えを見ちゃうのは興ざめなところがあるんです。PoEだけでなく、他のゲームでも全く同じです。

なので先に答えを見ないで、どれだけ非効率でもいいし、最適解から程遠くてもいいから、まずは自分でやってみる。それで困ったら、その時になって初めてガイドなりPoEでいうNinjaなりを見て修正する。すると最初からそれらを参照するよりも作業感は生まれないですし、反省と改善の機会を楽しんだりも出来るという具合。

なんか歳を取るごとに楽しいっていう感覚も鈍麻してきている感も否めないのですが、こんなふうに、遊び方で工夫できる余地はちょっとはあるんじゃないかなと最近は考えています。