フィリップ・K・ディックのSF小説『高い城の男』を読んだので感想を書きます。数年前にも一度読んでいたのですが、最近になってまた読みたくなり、買い直しました。
ネタバレなど読む意欲を削ぐことは書かず、簡潔にレビューしたいと思います。
歴史的SF
あらすじを簡単に紹介すると、『高い城の男』はSF小説のなかでも歴史的フィクションものです。
第二次世界大戦で枢軸国側が勝利し、日本やドイツが世界の覇権を握った世界が描かれています。
ストーリーの時代も現在であるため、近未来的な要素はほぼありません。
そういうわけで本作は近未来を舞台とした一般的なSFではなく、ディックのSF小説の中でもやや異色であると言えます。
われわれ日本人にとって注目に値するのは、主要人物の一人が日本人であるということ。ディックの作品には日本人がしばしば登場しますが、ほとんどの場合は脇役であり、本作ほど重きが置かれていることはありません。
これにともなって日本人の考え方や文化についての描写もあって、自分たちのことが客観的に描かれているのを読むのは面白いです。
個人的に最高傑作の1つ
ディックには面白い作品がたくさんあるのですが、本作『高い城の男』は個人的にもっとも面白い作品の1つだと思います。裏表紙やあとがきにも「ディックの最高傑作」という記述があるのですが、その受け売りということではなく、僕自身も本当にそう思います。
その理由としては、小説としての練度が純粋に高いです。本作は他と比べて手間をかけてより一層深く作り込まれていると感じました。
それぞれの登場人物について背景、人物像、思考がしっかりと描かれていて読み応えがあります。
この小説は互いに何かしらのつながりがある登場人物のストーリーがそれぞれ並行して描かれる形をとっています。全体としてエンターテイメント的に分かりやすく面白いストーリーというわけではないのですが、各シーンは没入して読むことができました。結末よりも、プロセスを楽しむ作品だと思います。
通販サイトのレビュー数や中古市場での流通を見るに、本作は代表作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』に次いで知名度のある作品という印象を受けます。ヒューゴー賞という形で評価されいるのも納得の出来です。
ディック作品に一貫して流れる「現実と虚構」というテーマについては、本作はとても分かりやすく取り込まれています。
まず枢軸国側が勝ったら、というヒストリーフィクションの設定自体がなんとも興味を引く面白い虚構です。僕は歴史には大変うといのですがそれでも楽しみながら読む分には特に問題ありませんでした。
これは面白さを損なわないと思うので書きますが、作中に「もしも連合国側が勝ったら」という内容の小説が登場します。これがなんとも不思議な気持ちのするもので、入れ子になった小説の中の小説が一周回って現実と一致しているわけです。
もうちょっと書くと、登場人物や小道具など、様々なレベルでも本物⇔偽物の構図が組み込まれているのが面白いです。これについては実際に読んで発見してみてください。
ディックファンなら必読
まとめると『高い城の男』はディックファン必読の書であると言えます。
近未来を描いた一般的なSF小説ではありませんが、ディック作品に共通する面白さは変わりません。