フィリップ・K・ディック『偶然世界』感想【長編第一作 普通に面白い】

アメリカのSF小説作家フィリップ・K・ディックの作品『偶然世界』を読みました。

これから読む人の購読意欲を下げない範囲で感想を書きたいと思います。内容については導入をちょこっと紹介するくらいで、ネタバレは全くありません。

 

本作『偶然世界』はフィリップ・K・ディック(以下、ディック)の長編第一作目となる記念すべき作品です。彼はこの作品以前に短編は書いていたのですが、文庫本一冊になるような長編はこれが初めて。

元々のタイトルは「Solar Lottery」で、旧版ではこれにならって邦題を「太陽クイズ」としていたようです。個人的には太陽クイズはややチープな印象を受けるので、今の『偶然世界』の方が好みです。ちなみに、どちらも作品の内容を代表するワードとしては適当ではあると思います。

 

長編第一作である本作ですが、今読んでも普通に面白いです。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』などでディックの世界観が気に入ったのであれば、こちらも順当に楽しめると思います。

本作が発表されたのは1955年。作中の設定が未来のあり方として妥当かというと微妙ですが、そこはあまり考えずに「もしこういう世界だったら」を楽しむのがSF小説でしょう。

何にしても、僕がこの記事を書いているのが2020年ですから、もうすでに65年もの月日が経っています。それでも内容に古臭さを感じないのはけっこうすごいところです。

ディックの作品の中で最高峰とは言いませんが、ファンなら読んで損はない一冊だと思います。

 

面白さについて書くために、導入を少しだけ。

『偶然世界』で描かれるSF世界は、社会のリーダーがランダムで選ばれるというシステムがベースになっています。

ディックの作品では現実と虚構、本物と偽物という対立がテーマになることが多いです。『アンドロイド~』や『ユービック』など。

本作はそういったテーマとはあまり関係なく、邦題にもあるとおり「ランダム性」に主眼が置かれているように感じます。

 

それもちょっと影響して、本作はディックの作品の中でもかなり読みやすい部類に入ると思います。

翻訳モノであるため元から日本語の小説に比べると読みづらいですが、現実と虚構を行ったり来たりするディックの作品と比べれば難易度は低いです。

本作はぼやっとしたSFエッセイではなく、きちんとしたプロットがあるSF小説です。起伏もあります。ストーリーの流れを追うことは難しくありません。ただ勢力や人物名を把握するのには前半のうちは少し苦労しました。

SFの世界観を構成するアイテムや建造物などについて、いちいち説明はないのでかなりの部分を読み手側で想像で補う必要はあります。

例えば作中に「P(パワー)カード」というSF的アイテムが出てきます。

これはざっくりいうと身分証明証のようなもので、ストーリー上でも鍵となるアイテムです。改訂版の表紙に描かれているのはこのPカードです。

偶然世界 Pカード

改訂版の表紙はどれもカッコよく、紙の文庫で揃えたくなってしまいますね。コレクション欲をくすぐります。

想像力を働かせるプロセスがディックを読む上での最大の醍醐味かなと思います。

ディックの作品というのは、プロットを楽しむというよりも、作品全体を流れる雰囲気を楽しむのがメインという感じ。

 

前述のとおり本作はディックの長編第一作ですが、これからディックを初めて読むのであれば代表作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』がいいと思います。

『アンドロイド~』はディック作品の中でも最も読みやすく、プロットも分かりやすいです。