『鏡の国の針栖川』感想:コンパクトにまとまった名作。ラストは切なかった。

叶恭弘先生による作品『鏡の国の針栖川』の感想です。

ちょっとしたきっかけがあって、2026年10月に全3巻をKindleで買って一気読み。マジで面白かった。ページを繰る手が止まりませんでした。

2012年に連載終了ということなので、今からもう14年前になるのですね。漫画というものは面白いものはいつ読んでも面白いものだと実感します。

余韻冷めやらぬうちに感想を書いていこうと思うのですが、ネタバレを含むので注意してください。ストーリーが分かっている体(てい)での感想となります。

変わった設定の恋愛漫画

僕はそこまで幅広く漫画を読むわではないのでカテゴライズはよく分からないのですが、本作はいわゆるラブコメ漫画として読みました。恋愛要素がメインなのですが、笑える要素もたくさん散りばめられていて、純粋に面白かったです。

世界観としては鏡を使った奇抜な設定が目を引くのですが、おそらくそれだけ話の内容を考えるのも大変だったと思います。それを週刊連載でやるのだからなおすごい。

確かに冷静に考えると無茶な展開もあるのですが、個人的には漫画にそこまでの整合性は求めていないので全く問題ありません。むしろ鏡というユニークな設定を使いつつも、面白い展開を作れることに感心しました。

脇役にも光るものがあり、特に途中から登場する不良キャラ、須田はお気に入りです。最初は不穏な感じの人物なのですが、読み進めるとマジで面白い。

ヒロイン、サブヒロインともに可愛い

本作に限らないのですが、叶恭弘先生は女の子を描くのがやたら上手いと思います。近年よく見かける量産型の画風とは趣の異なる、作者独自の絵柄がとても楽しめました。その点、矢吹健太朗先生と同じような印象を受けます。矢吹先生もまた女の子キャラを描くのがすこぶる上手い。

この辺りの感覚はなかなか言語化しにくいところで、一般的な意味での画力という尺度以外に、「女の子を書くのが上手いかどうか」みたいな軸があると思います。僕はそういう軸で長けている作家に惹かれることが多いです。

連載当時から14年の時を経て今回読んだわけですが、絵柄の古臭さは全く感じませんでした。絵や漫画としての普遍的な魅力を感じます。

本作のヒロイン2人はどちらも可愛いのですが、それはまず第一に単純に絵柄が可愛いということではあります。しかしそれだけでなく、そのキャラクターの性格的な魅力がその印象を加速させていると思います。なんちゅうか、漫画だからこそあり得る、斜に構えず、面倒くさいところがなく、朗らかで、理想的な(メイン・サブ)ヒロインという感じ。

メインとサブ2人が主な役割を果たすため、ハーレムものではありません。サブヒロインという第二の軸をいい塩梅で交えつつ、あくまでピュアな感情を描いている感じがして読んでいて気持ちが良かったです。むしろ最後まで里見(メイン)一本で進めたらここまで起伏のある話にはならなかったろうなとも思います。

あと下着の描き込みがやたらと気合が入っていると思いました。作者のパッションの発露でしょうか。

ちなみに主人公についてはめちゃくちゃ個性的というわけではないのですが、変なクセがなく、熱血なところもあり、真っすぐで、ちょうどいい人格だと個人的には思います。主人公絡みで一番好きなシーンは、保健室で松川に腹を割ってお願いするところ。

想像なのですが、僕が漫画を描くとしてもこんなに朗らかで魅力的なキャラクターたちを用意できる自信がありません。

終盤の設定と展開が切なすぎる

個人的な読後感としては、確かに前向きなラストではあったものの、「呪いを解くと好意が消える」という終盤明かされる設定は正直めちゃくちゃ胸が苦しくなりました。本当に苦しかったです。

サブヒロインである松川までしっかり魅力的であるがゆえに、「ここまで積み重ねていたものが消えるのか・・・、嘘だろう」と衝撃を受けました。しかもその設定が松川だけでなく、メインヒロインである里見にまでしっかり適用されるという結末。苦しい。

松川まで巻き込む展開を経た以上、忘却的なギミックがないと里見との1対1に持ち込めないわけで、ある意味で必要な設定だったともいえます。最終的に両取りの展開は流石におかしいし。

本作はどうやら打ち切りという形で終わったようで、もしかするとこの好意消滅設定はストーリーを完結させるための後付だったのかもしれません。僕の想像ですが。(この仮説が正しかったとしても、そうやって軌道修正できるのもすごい)

当時のジャンプはまさに戦国時代みたいな感じだったでしょうから、アンケートで票を集め、打ち切りを回避しつつ連載を続けるのは本当に難しいことだったでしょう。別な時期であったなら、もっと長く続いていたとしてもおかしくはありません。

 

最終的に里見とも両思いを確認して呪いは解けるものの、松川同様に里見からの好意も消滅。そして本当に最後の締めの部分は、本来あるべき(?)メインヒロインとの理想の関係性に1からリスタートして進んでいく感じでポジティブなものでした。とてもさわやかな終わり方だったと思います。

連載作品で全3巻というと短いとは思いますが、仮に打ち切りだったとしても、コンパクトに良い感じでまとまっていた印象です。もちろんもっと連載が続いていたならそれに越したことはありませんが、少なくとも、個人的には悪くない終わり方でした。

もともと広げていた風呂敷を全部しっかりと回収しきって終わった感じ。今思うと、設定も複雑すぎず、キャラも多すぎず、ちょうどいいコンパクト感だったと思います。

 

で、松川、里見ともに1ヶ月の間に積み上げた好意が消える展開については、繰り返しになりますが個人的に本当にやるせない感じがしました。読者として展開が気に入らないという意味ではなく、読んでいて辛くても「なるほどそうなっちゃうか…」と受け止めた形です。物理的に胸が苦しかく、放心状態になりました。

なんか既視感のある感覚だなと思ったら、以前書いた「ギャルゲークリア後の喪失感」についての記事と通じるものがありました。この感覚は本当にキツイ。

【関連】ギャルゲークリア後の独特の物悲しさ・喪失感についての分析

なろう系のストーリーあるあるの「マインド・コントロール」で無理やり好意を生み出す展開はもう慣れっこですが、まさかそれの逆みたいな事が起きるとは予想していませんでした。洗脳なら「フィクション上の馬鹿話」で済むのですが、ギミック的に似てはいても、好意という感情だけがリセットされるのは全く印象が異なりました。

 

このように本当に苦しかったのですが、その一方でこうも考えました。
「もし鏡が最初からなかったとしたら、松川からの好意もなかったわけだし、里見との関係性もこの1ヶ月間でこんなに変化することもなかったはず」と。

つまり、最終的に関係性自体は鏡による物語が始まる前に戻っただけであり、なんなら主人公は成長してさえいます。総合的にはプラスです。そう考えると、若干気が楽になりました。そしてそう考えることで、最後のリセットはより一層妥当な着地点だと感じられるようになりました。

彼らにとって鏡はある種の「試練」みたいなものだったのかもしれません。最後のナレーションにもあるとおり、鏡の試練を超えられたということは、そもそも彼らが鏡登場以前からそれだけの可能性を内包していた、と考えていいでしょう。いやいや良い話じゃありませんか。

 

そういうわけで本作「鏡の国の針栖川」は個人的にめちゃくちゃ面白かったです。単に面白い話というだけにとどまらず、読者として感情を揺さぶられるという点でも強烈な印象を与える作品でした。絵柄もとても好みで、それだけに一層ストーリーの世界に没入できたと思います。買ってよかったです。

連載から14年経っても全く色褪せない作品として、読む時期に関係なくおすすめの漫画です。